グランドピアノ 売却

娘とのピアノ連弾

幼稚園の頃から中学3年まで、ピアノを習っていました。
ピアノ教室に通うのではなく、先生が家まで来て、自分が慣れたピアノで教えていただけるという、楽な習い事でした。
ピアノは好きでしたが、そのような環境だったので、今思えば甘い習い事だったように思います。

 

しかも私の手は手のひらが大きく、人より指が短いという欠点がありました。
ドからドまでがやっとの思いで届くという手は、年齢が上がり、曲が難しくなるにつれ、すこし苦痛に感じることも多かったです。
受験をきっかけにやめてしまいましたが、それでも楽しい習い事の一つでした。

 

そんな私も母親になり、娘にもピアノは習わせたいと思い、本人もやりたいと言うので、習わせました。
私の時は一軒家だったので、母がちゃんとしたピアノを購入してくれましたが、今の我が家はマンションです。
音漏れなどの問題から、憧れの黒いピアノでなく、ヘッドホンで音を出さずにできる電子ピアノを購入しました。

 

でもやはり本物のピアノとは音色も、鍵盤をたたく重さも違います。
それでも娘は喜んでピアノを弾いていました。
ピアノの発表会で、先生から娘との連弾のお声かけがあり、緊張しながらも親子連弾をしたのが一番の思い出です。

 

当時の娘は小さかったので、連弾の曲の内容も簡単なものだったので、ブランクのある私でも大丈夫でした。
簡単な曲とはいえ、ピアノを習っていて良かったと、しみじみ感じました。
そして娘とピアノ連弾ができる日が来るなんて想像もしていなかったので、娘を持つ母親としては楽しい思い出の一つが作れたことに喜びで一杯でした。

 

 

 

ピアノは私の音楽的素養の源でした

ピアノは4歳の頃から習っていました。
自宅にアップライトピアノがあり、また徒歩圏内に教室があったので、まずはリトミックを習い、5〜6歳からはピアノの個人レッスンを受けました。
それから15歳、中学3年生までは個人で習いましたが、とびぬけて上手にはなりませんでした。

 

しかしこの経験でクラシック素養ができ、今でも絶対音感があったり様々なジャンルの音楽を楽しめるようになったと思います。
その後また17歳の時から、今度は音大受験用に同じ先生に教わりにいきました。
受験する楽器はピアノではなく、中学の時から始めたクラリネットです。

 

中学からはこちらを本格的に学ぶようになり、高校に入ってからは地元のオーケストラへ入り、東京芸大出の先生に師事するようになっていました。
そして音大受験にはピアノのほかソルフェージュ、楽典等も学んでおく必要があり、これも一緒にピアノの先生に教えていただきました。
結局音大受験は経済的事情から断念しましたが、この経験もまた音楽的素養の更なる形成に役立ちました。

 

その後オーケストラには大学を卒業(他の学科を受験しました)するまで続けました。
こうして長く音楽を楽しむ事ができたのも、幼い頃にピアノを習い、音楽が身近にある生活を送っていたからだと考えています。

 

 

 

ピアノ教室を辞めてからのこと

幼稚園の時にヤマハの歌とエレクトーンの教室に通い、小学生になってからは近所のピアノ教室に通ってました。
ピアノ教室では2年間でバイエル100番まで進めましたが、先生が厳しく段々習い事自体が嫌になってしまい、親に泣きながらもう辞めたいとお願いして教室を辞めることになりました。
そのピアノ教室は20人ほど通っていて2人だけコンクールに出られたのですが、私も出場できたのでそれなりに弾けたようです。

 

辞める時は先生から電話で辞めないでほしいと言われ、一年間はあなたの通っていた時間を空けておくので弾きたくなったらいつでも来てねと言ってくれましたが、あまりに嫌な思いをしたせいかそれから一度も行きませんでした。
それからは親が買ってきてくれたジブリ映画の楽譜や、よく耳にするクラシックの楽譜などを自己流で弾き続け、ピアノ自体から離れることはありませんでした。
小学校高学年になると休み時間に音楽室のピアノを弾いていて、それを聴いていた音楽の先生に今度授業の伴奏をしてほしいと言われ、最終的には校歌や合唱コンクールの伴奏をするようになりました。

 

自分はピアノが上手なんだとすっかり思い込んでいましたが、基本しか習っていなかったので難しい楽譜は指使いが適当だったり、弾きにくい和音は音を飛ばしたり、荒々しい演奏だったので、当時自分で思っていたほど上手ではなかったと今では恥ずかしくなります。
今でもピアノを弾くのは好きです。
相変わらず自己流ですが、難しすぎなければ大抵は楽しんで弾けるので満足しています。

 

あの時ピアノ教室を辞めなかったら上達はしていたかもしれないけど、多分ピアノが嫌になっていたのではないかと思います。

 

 

ピアノよりアラレちゃん

私は物心ついたときから母子家庭でした。
経済的な余裕はなかったと思うのですが、母は私が興味を持ったことはさせてくれていました。
ピアノもその中の一つで、最初にした習い事です。

 

きっかけは、何かのイベントで近くの幼稚園に遊びに行ったときにピアノの体験教室をしていて初めてピアノに触ったのです。
何が気に入ったのかもう覚えていないのですが、自分からピアノが習いたいと母にお願いしたそうで、3歳で習い始め13歳まで続けていました。
10年間続けてはいましたが、私はちゃんと練習しなくてもなんとなく弾けてしまう為、練習熱心ではなく、レッスンのある当日に少しだけ練習して通うという、今考えると安くない授業料を払ってくれていたのに、なんて母に申し訳ないことをしていたんだと思うような子供でした。

 

そんなある時、母がピアノを買おうといってくれました。
でも、私はピアノ本体よりおまけでついてくる当時流行っていたアラレちゃんの人形のほうが嬉しかったのです。
つくづく情けない子供です・・。

 

でもいざ家にピアノが来るとその輝きや音色は素敵で練習量も増えました。
ピアノは一番長く続いた、今は亡き母との思い出も一番ある私の習い事の一つです。